自己責任を問う指摘おかしい
「人質解放の費用公表を」 政府・与党に自己責任問う声
複雑な背景はありますが、今回の一連の問題を山岳遭難にたとえたりする発言に対する私の反論は逃避日記「しつこく自己責任にこだわる(2)」に近いです。
ある程度立場のある方々の発言としては嫌悪感を隠せません。むしろ意図的としか思えません。
せっかく派遣して対米的にも顔のたったところだというのにまたもやあのうっとおしい反戦デモ、派遣撤回の声が高まるもしくは高まる恐れがあることから、その起爆になった被害者及び被害者家族が世論的に孤立するようにする戦術ですか。世論誘導でしょうか。
もしそうであるなら、おめでとうございます。成功しているんじゃないですか。
自己確立した上で政府の方針を支持している方々には追い風でしすし、そうでない方々には被害者に対する嫌悪感を助長させています。
あらゆる意味で、「何故」について考えることが放棄されいませんか。
・何故被害者は解放されたのか
・何故被害者は拉致されたのか
・何故ファルージャがここまで残酷に報復攻撃されているのか
・何故ファルージャで米民間人4人を殺害、死体をつるし上げられるくらい反米感情が高まったのか
。。。何故ブッシュに戦争が必要なのか。
被害者の拉致に到るまでの行動は軽率であったと思います。
解放を伝える福田官房長官は、仏のような笑顔を見せていました。私はあの笑顔を忘れません。
総理にしても、家族と会わなない選択肢を選んだことを避難はしません。
ただ、
あなた方がいう「国際社会」に恥ずかしくない態度を求めます。
あなた方がいう「人道支援」に恥ずかしくない支援を求めます。
goo 辞書より
じんどう ―だう 【人道】(1)1 人間として守るべき道。人の人たる道。にんどう。
「―にもとる行為」
(2)0 広い道路などで、人間の歩く道として車道と区別された部分。歩道。
――に対する罪(つみ)
戦前・戦中における、一般人民に対しての殺害・殲滅(せんめつ)・奴隷的扱い・強制移動などの非人道的行為と、政治的・人種的・宗教的理由による迫害。第二次大戦後、戦争犯罪とされた。
自衛隊がどんどん危険になるイラクで指示通り「人道支援」の任務をまっとうしようと努力しても、政府が「非人道支援」では隊員が可哀想じゃないですか。
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なんだか、自己責任に関してあちこちで侃侃諤諤のようです。
しかし、賛成派・反 [Read More]
Tracked on 2004.04.18 at 09:57 PM

Comments
なぜあなたが、そうも難しく、政治的に捉えるのか分りません。
簡単な話ではないでしょうか。つまり、
今回の世間の彼らへの批判の多くは、その行動目的でなく、自己能力というか、そのプロセスというか、目的に対するアプローチになどに対してと、事件が起きてからの家族の発言にむけられたものと解釈するというのが妥当ではないでしょうか。
彼らのそこにおける行動は、極めて、不用意であり、稚拙であり、また一国の国策へも影響を与えかねない可能性があるとすれば、不適切でさえあると私は断言します。
ストリートチルドレンに関心があるなら、なぜ日本のストリートチルドレンにその関心を向けないのでしょうか。あるいは、日本で大きな問題となっているホームレスの人になぜ目を向けないのでしょうか。絶対的な意味でイラクより平和な日本の社会での社会人、生活者経験さえなくて、なぜ劣化ウラン弾なのでしょうか。
隣国人さえ危険だと承知していて、「行かない方がいい」とアドバイスされ、なぜ34歳のいい大人が未青年を引率して行けるのでしょうか。昨今、イラクバブルがあちこちで発生しているのは、お聞きおよびと思います。特にNGO 周辺に著在しているとも訊いています。
メディアにも依りますが、60~80%の日本人が、件の3人とそのご家族の対応に批判的、というのは、突然マスコミに登場して、「自分の子供が犯罪者(少なくとも相手が特定できず、また特定できないようにする意図をもっている相手)に捕えられたから、自衛隊を撤退させろ」という暴論に対して、民主主義の筋を尊重したということでしょう。
彼らは、ボランティア(造語)は知っていても、volunteerの意味は知らないでしょう。
今、彼らが帰国後の記者会見を拒否している、との一部報道があります。彼らが、この一連の事件の顛末をいかなる形になろうと自身の問題として捉え、記者会見に応ずるか否か、またそこでの発言如何により、大人なのか、未熟なのか、単なる造語ボランティアやフリージャーナリストという横文字職業にあこがれた「ポッと出」なのか、真のvolunteerなのか、試される時でもあります。一緒に見守りましょう。
Posted by: zenji | 2004.04.18 at 01:14 PM
zenjiさんへ
丁寧なコメントありがとうございます。
まず、結果として帰国会見は拒否されましたね。同情する気持ちと出来る範囲でいいので語ってほしかったという気落ちが同居している感じです。
>なぜあなたが、そうも難しく、政治的に捉えるのか分りません。
トラックバック頂いた「自己責任論」参照いただければと思いますが、指摘の通り私の記事は最終的にはブッシュ批判にたどり着く話の飛躍があった訳で、自己責任論を糸口に接点である日本政府批判になりましたね。
>今回の世間の彼らへの批判の多くは、。。。
彼らの行動について、過去の実績を抜きに考えれば批判されて当然と私も考えているというスタンスです。客観的にみて一般的な世論としてはzenjiさんの指摘される説明は的を得ていると思います。
活動のあり方についてですが、まず私自身がそういう経験をもたないので具体的なコメントは出来ません。ただ、あれはできてこれができないのはなぜかという方向は水掛論になってしまいますので避けますね。彼らの進む方向が今のイラクであったということは結果としてわかりますが。
ボランティアとvolunteerについては辞書引いてみれば確かにニュアンスが違いますね。ちょっと意味深な感じがするのでもう少し考えてみようと思います。
zenjiさんのいわんとするところと違うかもしれませんが、私も 「ボランティア」という言葉が日本の社会活動から逃避するために便利に使われるようなら批判します。これは今回の被害者をさしていっているわけではありません。私は彼らを知りません。しかし、高遠さんの実績については敬意を払います。
簡単なコメントになってしまい申し訳ありませんが、予測できたであろう今回の事態についての政府対応の最後が被害者の自我を崩壊させて追い詰めるような、あまりに惨い仕打ちと感じたたことが記事を書いた理由です。
冒頭にも書きましたが帰国会見はありませんでした。時間の経過と共に世間の話題からは遠ざかっていくでしょう。これからどうしていくかは自分で開いていくしかありません。
Posted by: あべま@管理人 | 2004.04.19 at 04:22 AM